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『サピエンス全史』あまり知られていないが、思わず線が引きたくなるところ(1)

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バラバラだった知識がつながる快感

フォーブズジャパンやHONZなどが主催する「ビジネス書グランプリ」が発表されました。

forbesjapan.com

1位はリンダ・グラットンの『ライフ・シフト』、2位がケヴィン・ケリーの『〈インターネット〉の次に来るもの』、3位がユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』でした。

3冊とも素晴らしい本で、ケヴィン・ケリーに取材した際には、そのビジョナリーな見方に感銘を受けたものですが、私は3位の『サピエンス全史』が抜群に面白いと感じています。紛れもなく、2016年に読んだ本の中でNo.1です。

本書のすごさは、スケールの大きさと扱う学問の幅広さにあります。「なぜホモ・サピエンスは今日の地位を得られたのか」という問題意識のもと、人類誕生からシンギュラリティが到来する近未来までの流れが、歴史学のみならず生物学、経済学、物理学、情報工学など、ありとあらゆる分野の知見を引きながら語られます。

だからこそ、「この話とこの話がつながるのか!」とバラバラだった知識が一つのストーリーに収斂される快感を味わえます。

また、あれだけ分厚い本にもかかわらず、読み飛ばしたくなるところが1ページもない点にも驚愕します。私はKindleで読んでいったのですが、気になるフレーズにハイライト(線)を引いていったら、100を超えてしまいました。

線を引きたくなるところばかり

実は今回、私は著者のハラリ氏に取材する機会を得て、イスラエルにある本人の自宅に向かいました。

「人間の幸福」「戦争」「民主主義」「テクノロジー」「新たな階級社会」など、さまざまなテーマで、たっぷり2時間話を聞きました。取材に際しては、日本語・英語含めて過去の関連記事を読み込みましたが、多くが初公開なのではないかという内容で、「どれだけ引き出しがあるのか…」と、「知の怪物」っぷりに度肝を抜かれました。

newspicks.com

(著書が世界中でベストセラーになったためか、結構な豪邸にお住まいでした笑)

世間では『サピエンス全史』が説明されるとき、大方次のように語られます。

「人類を発展させる一つの原動力となったのが、国家やお金、宗教といった『虚構(フィクション)』を信じる力だった。これによって、人類は見知らぬ他人との協調が可能になり、他の動物を駆逐したり、飼い慣らすに至った。本書ではこれを『認知革命』と呼ぶ。

その後、人類は「農業革命」「科学革命」など、数々のブレイクスルーにより歴史を前に動かしてきた。近未来には、人類を自然法則から解放する「次なる革命」が到来する。」

しかし、本書を通読すると、「それだけじゃないんだ。それだけじゃないんだよ…!」と言いたくなります。

大筋の理解はそれで合っているのですが、この論旨を補強する事例が一つひとつ面白かったり、またロジックの運び方がとてもわかりやすいのです。

そこで、せっかく100箇所を超える線を引いたことですし、「世間ではあまり言われていないが、実はとても大事なところ」をまとめました。

第1部 認知革命

第1章 唯一生き延びた人類種

物理学・化学・生物学・歴史の関係

本書の冒頭は、このように始まります。

今からおよそ一三五億年前、いわゆる「ビッグバン」によって、物質、エネルギー、時間、空間が誕生した。私たちの宇宙の根本を成すこれらの要素の物語を「物理学」という。

物質とエネルギーは、この世に現れてから三〇万年ほど後に融合し始め、原子と呼ばれる複雑な構造体を成し、やがてその原子が結合して分子ができた。原子と分子とそれらの相互作用の物語を「化学」という。

およそ三八億年前、地球と呼ばれる惑星の上で特定の分子が結合し、格別大きく入り組んだ構造体、すなわち有機体(生物)を形作った。有機体の物語を「生物学」という。

そしておよそ七万年前、ホモ・サピエンスという種に属する生き物が、なおさら精巧な構造体、すなわち文化を形成し始めた。そうした人間文化のその後の発展を「歴史」という。 

最初から圧倒されます。かつて、物理学・化学・生物学・歴史の関係を示すのに、これだけ本質的でわかりやすい説明があったでしょうか。物理学の下部階層として化学が、化学の階層として生物学が、生物学の下部階層として歴史があると言います。ハラリ氏の越境的な知は、こうした考え方からきているのかもしれません。

思考力の代償

続いて、600万年前、チンパンジーから脳が発達した人類種(ホモ属)が分化したことが語られます。

脳の発達によって、直立二足歩行などが可能になった一方、燃費の悪い機関が発達したことで、数々の代償を支払うようになったといいます。

太古の人類は、大きな脳の代償を二通りのやり方で支払った。まず、より多くの時間をかけて食べ物を探した。そして、筋肉が衰えた。政府が防衛から教育へと資金を転用するように、人類は二頭筋にかける資源の一部をニューロン神経細胞)に回した。これがサバンナでの優れた生き残り戦略かどうかはおおいに疑問だ。

ヒトは卓越した視野と勤勉な手を獲得する代償として、腰痛と肩凝りに苦しむことになった。(中略)女性はさらに代償が大きかった。直立歩行するには腰回りを細める必要があったので、産道が狭まった──よりによって、赤ん坊の頭がしだいに大きくなっているときに。女性は出産にあたって命の危険にさらされる羽目になった。

 そして、この大小が、人類を社会的な生き物にすることを強制したと説明されます。

この事実は、人類の傑出した社会的能力と独特な社会的問題の両方をもたらす大きな要因となった。自活できない子供を連れている母親が、子供と自分を養うだけの食べ物を一人で採集することはほぼ無理だった。子育ては、家族や周囲の人の手助けをたえず必要とした。人間が子供を育てるには、仲間が力を合わせなければならないのだ 

ちなみにこの流れで、火の利用が始まります。火によってエネルギーの消費が容易になり、それがさらに、脳の巨大化を支えたという指摘も興味深いです。

調理が始まったことと、人類の腸が短くなり、脳が大きくなったことの間には直接のつながりがあると考える学者もいる。長い腸と大きな脳は、ともに大量のエネルギーを消費するので、両方を維持するのは難しい。調理によって腸を短くし、そのエネルギー消費を減らせたので、図らずもネアンデルタール人とサピエンスの前には、脳を巨大化させる道が開けた。

第2章 虚構が協力を可能にした

認知革命とは何なのか

第2章では、ネアンデルタール人など、数々の人類が並存するなかで、そこまで身体的に強くなかったホモ・サピエンスが他の人類を駆逐するプロセスが語られます。

まず、15万年前にアフリカに出現し、しばらくの間はネアンデルタール人などに負け続けていたサピエンスは、7万年前から変わった動きを見せはじめます。

およそ七万年前から、ホモ・サピエンスは非常に特殊なことを始めた。そのころ、サピエンスの複数の生活集団が、再びアフリカ大陸を離れた。今回は、彼らはネアンデルタール人をはじめ、他の人類種をすべて中東から追い払ったばかりか、地球上からも一掃してしまった。

そして、ヨーロッパ、東アジア、オーストラリアに到達し、船、ランプ、弓矢、針などを発明します。その理由について、ハラリは

このように七万年前から三万年前にかけて見られた、新しい思考と意思疎通の方法の登場のことを、「認知革命」という。 

と語ります。

一般的には、新しい思考と意思疎通の方法は、突然変異によりサピエンスの脳内配線が変わり、柔軟な言語を操るようになったからだとハラリ氏は言います。

私たちの言語のいったいどこがそれほど特別なのか?

最もありふれた答えは、私たちの言語は驚くほど柔軟である、というものだ。私たちは限られた数の音声や記号をつなげて、それぞれ異なる意味を持った文をいくらでも生み出せる。 

私たちの言語が持つ真に比類ない特徴は、人間やライオンについての情報を伝達する能力ではない。むしろそれは、まったく存在しないものについての情報を伝達する能力だ。見たことも、触れたことも、匂いを嗅いだこともない、ありとあらゆる種類の存在について話す能力があるのは、私たちの知るかぎりではサピエンスだけだ。

そして、一番有名なセリフが、ここで出てきます。

虚構、すなわち架空の事物について語るこの能力こそが、サピエンスの言語の特徴として異彩を放っている。

虚構のおかげで、私たちはたんに物事を想像するだけではなく、集団でそうできるようになった。聖書の天地創造の物語や、オーストラリア先住民の「夢の時代(天地創造の時代)」の神話、近代国家の国民主義の神話のような、共通の神話を私たちは紡ぎ出すことができる。そのような神話は、大勢で柔軟に協力するという空前の能力をサピエンスに与える。

もしこの能力がなかったら、どうなったか。一般的に、ある個体が直接認識できる他人は150人までと言われています。(現在でも、会社組織や軍隊組織はこの人数が基本に構成されていることが多いです)。しかし「虚構」の存在によって、サピエンスは何万人の協力体制が敷けたと語ります。

では、ホモ・サピエンスはどうやってこの重大な限界を乗り越え、何万もの住民から成る都市や、何億もの民を支配する帝国を最終的に築いたのだろう? その秘密はおそらく、虚構の登場にある。厖大な数の見知らぬ人どうしも、共通の神話を信じることによって、首尾良く協力できるのだ。 

環境に依存しない行動が可能に

「虚構」の恩恵は、他人との協力体制にとどまりません。人間どうしの大規模な協力体制は「神話」に基づいているので、その「神話」を変えれば、一気に行動パターンを変えることができるようになったと言います。

具体的には、下記のような例が語られます。

一七八九年にフランスの人々は、ほぼ一夜にして、王権神授説の神話を信じるのをやめ、国民主権の神話を信じ始めた。このように、認知革命以降、ホモ・サピエンスは必要性の変化に応じて迅速に振る舞いを改めることが可能になった。

この結果、人間は一見遺伝子の戦略に反する行動も可能になりました。

サピエンスは認知革命以降、自らの振る舞いを素早く変えられるようになり、遺伝子や環境の変化をまったく必要とせずに、新しい行動を後の世代へと伝えていった。

言い換えれば、太古の人類の行動パターンが何万年間も不変だったのに対して、サピエンスは社会構造、対人関係の性質、経済活動、その他多くの行動を一〇年あるいは二〇年のうちに一変させることができた。

そして、このように締めくくります。

サピエンスが発明した想像上の現実の計り知れない多様性と、そこから生じた行動パターンの多様性はともに、私たちが「文化」と呼ぶものの主要な構成要素だ。いったん登場した文化は、けっして変化と発展をやめなかった。そして、こうした止めようのない変化のことを、私たちは「歴史」と呼ぶ。

したがって、認知革命は歴史が生物学から独立を宣言した時点だ。認知革命までは、すべての人類種の行為は、生物学(あるいは、もしお望みなら先史学と呼んでもいい)の領域に属していた。

認知革命以降は、ホモ・サピエンスの発展を説明する主要な手段として、歴史的な物語が生物学の理論に取って代わる。キリスト教の台頭あるいはフランス革命を理解するには、遺伝子やホルモン、生命体の相互作用を把握するだけでは足りない。考えやイメージ、空想の相互作用も考慮に入れる必要があるのだ。

ここでついに、人類は生物学の範疇を抜け出し、「歴史」が始まっていきます。 

まとめ

たった2章分でこれだけの量のエントリになってしまいました。本書は全部で20章、到底終わりそうにありません。

書き始めて、1冊分を数千字にまとめるのは不可能だと悟りましたので、ぼちぼちと続きを書いていきたいと思います。

余談

ちなみに、隔週金曜日に出演させてもらっているTBSラジオ荒川強啓 デイ・キャッチ」で本書を取り上げたら、レギュラーコメンテーターの宮台真司先生はもちろん、司会の荒川強啓さんも読んでいることがわかり、スタジオは大盛り上がりになりました。

私の取材報告をする予定が、各出演者が思い思いの「サピエンス全史」談義を始めたため、このまま時間が来るかと思っていたのですが、アシスタントの片桐千晶さんが「野村さんは今回取材されて、どのようなことを聞かれてきたのですか?」とボールを投げてくださったために、なんとか取材報告らしきものができました。片桐さんの冷静さに感謝です。

ラジオの仕事は毎回楽しいですが、今回は特に楽しく、持ち時間の15分間のみならず、30分でも1時間でも話していたくなるような内容でした。

(しばらくは下記で聞けると思います。気が向きましたらどうぞ) 

www.tbsradio.jp